新・篠山市の基盤作りに尽力 瀬戸・初代市長死去

2007/09/05

 篠山市の初代市長に就き、二期目途中で任期を約三カ月残して退任した瀬戸亀男さん(71)が四日、死去した。篠山町会議長、篠山町長として、五度の失敗を繰り返してきた多紀郡合併を、「平成の大合併の先駆け」に導いた。生まれたての新市政のかじ取り役を担い、市立中央図書館や清掃センター、篠山市民センターなどの都市基盤整備に力を注いだ。

 瀬戸さんは篠山農業高校(現・篠山産業高校)出身。青年団で活動し、相撲などを通して交遊を広げた。農業への情熱も強く、人生の原点を「土」と位置づけ、「土は農であり、農業から多くの人とかかわりを持てた」が口癖だった。退任を明言した昨年十二月の記者会見でも「引退後は『農』に帰りたい」との思いを語っていた。

 同町職員や同市助役として瀬戸さんと親交の深かった稲川敏之さん(62)=同市北沢田=は「若いころから弁論大会で活躍されていた。篠山牛やヤマノイモなどの特産に力を入れる農業技術者として強みのあった人だった」と振り返る。

 市長就任後は、三度の手術を受けるなど、病と闘った。引退後、病床を見舞った稲川さんに「なぜ七十一歳で逝かなければならないのか」と涙を見せたという。稲川さんは「最後にお会いしたのは昨日(三日)。非常に苦しんでおられたのが、胸に残る」と言葉を詰まらせた。瀬戸さんとともに、合併協議を進めた元今田町長の大上恭平さん(73)=同市今田町下立杭=は「太っ腹な一方で、気の短い面もある情熱の人だった。市政への思い入れも苦労も一緒に味わってきた。本当に残念」と悼んだ。

 酒井隆明市長は「合併の諸課題を解決され、初代篠山市長として基盤を築いたことに感謝しています。特に市民の心を一つにしたことは大きな功績です」との言葉を寄せた。辻重五郎・丹波市長も「町村合併の先進市として、篠山市をつくり上げてこられた。丹波市も三年を迎え、今後ともご指導賜りたいと思っていた」とコメントした。(小林隆宏、前川茂之)

篠山市の初代市長 瀬戸 亀男氏(せと・かめお=篠山市初代市長) 4日午前11時51分、直腸がんのため、篠山市兵庫医科大学篠山病院で死去、71歳。篠山市出身。自宅は篠山市黒岡252。葬儀・告別式は6日午後1時から篠山市栗柄1155、市営斎場で。喪主は長男真一(しんいち)氏。

 1979年に篠山町議に初当選。91年に町会議長となり、96年に町長に初当選。「平成の大合併の先駆け」といわれた旧多紀郡4町の合併を推進し、99年4月、初代の篠山市長に就任した。今年1月、2期目の任期途中で病気療養を理由に退任した。市長在任中、市立中央図書館、清掃センター建設などの事業を進めた。
http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sg/0000598021.shtml