博士、漂流 国策で急増、狭い就職口

2007年05月22日

 末は博士か大臣か――そんな言葉まである「博士」が漂流している。大学院で博士号を取っても、安定したポストに就くのが難しいからだ。国の政策で博士が急増したのに、就職先という「出口」が広がらない。政府の教育再生会議は、大学院の活性化策として自校の関係学部からの「内部」進学者を3割未満に抑える方針を打ち出す構えだが、博士の現状を放置すれば足元をすくわれかねない。

◆任期付き職でしのぐ

 苦節12年。理論物理学専攻のAさん(44)は来春、やっとある大学の准教授になる。博士号を取ったのは96年で、大学の教員募集に手を挙げたのは100回を超える。この間、給料が出る研究員だったのは5年半だけで、しかも期間限定の「任期付き」。残りは大学に在籍料を払って研究の場を確保する立場だった。

 複数の大学で非常勤講師などをしながら研究を続け、年に1本のペースで専門誌に論文を発表してきた。学会や国際会議に参加するため、塾講師や図書館の棚卸しなどアルバイトもした。後輩たちには「研究が好きで納得できる成果が出ているなら、あきらめるな」と訴える。

 天文学専攻のBさん(37)は99年に博士号を取得し、現在はある大学の助手としてサーバーの管理などを担当しているが、来年3月で任期が切れる。

 大学院時代に日本育英会(現・日本学生支援機構)から奨学金約500万円を借りた。今は通算5年まで可能な返済猶予の期間中だ。大学教員などに15年以上就けば免除される(この制度は04年度に廃止)が、だめなら返済を迫られる。「任期付きはずっと求職中のようなもので、すごいストレス。来年どうなるかわからない立場では長期プロジェクトにも参加しにくい」

 分子発生遺伝学を専攻する藤倉潮さん(28)は、今年3月に博士号を取って大学院を修了。4月から東京大大学院で1年更新の研究員をしている。「僕たちの上に、安定した職にいない先輩が多くいる」ので、しっかりしたポストを得るまで任期付きの職を数回は繰り返さないと、と覚悟している。

 「博士の就職難は、大学などにこだわって企業を敬遠するから」とも指摘される。が、藤倉さんは「企業には距離感がある。大学の研究室の情報は入ってくるが、企業は何をやっているかわかりにくい」と話す。

 「優秀な博士がたくさん埋もれている。博士は国の予算をつぎこんだ『資産』。最大限に活用した方が国にとっても有益なはず」と訴える。

◆言い分すれ違い

 博士課程の入学者とポスドク=キーワード=の人数の推移はグラフの通り。91年からの国の大学院生倍増化計画を受け、入学者は90年度の7813人から03年度には2.3倍の1万8232人に達し、その後も1万7000人台が続く。

 修了者の進路を示したのが円グラフ。就職者は6割程度だ。大学や公的研究機関の研究職は法人化もあって減っており、受け皿として企業に期待がかかる。

 政府、企業、大学3者の思いと言い分には「すれ違い」が目立つ。

 文科省の三浦和幸・大学振興課長補佐は「米国では博士が企業や起業などで活躍しているのに、日本は研究者志向が強い。大学院も研究者にしかなれないような教育をしてきた」。

 日本経団連は3月、理工系博士の育成と活用について提言をまとめた。ポイントは図の通り。椋田哲史・産業第二本部長は「博士課程は今も大学の研究室に残ることが前提で、博士が企業ですぐ成果を発揮できるとはいえない」と言う。

 一方、大学関係者は安易に国の政策に乗ったことを反省する。戸塚洋二・東大特別栄誉教授は「指導教員は、学生の就職先にまで責任を持てないなら入れるべきではなかった」。高部英明・大阪大教授も「ほとんどの大学人は今の事態をうすうす承知しながら、表だって反対してこなかった」。

 ポスドク経験があり博士の就職問題に詳しいリクルートワークス研究所の濱中淳子研究員は「国の政策で状況が悪化したのは確かだが、様々な要因が絡んだ構造的な問題だ。国や大学は大学院の教育システムの、企業は博士への評価の見直しが必要だ」と指摘する。

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ポスドク〉 ポストドクターの略。博士号を取得後、大学などで安定した研究職についていない人を指す。文科省の05年度調査では1万5923人(見込み)だが、大学などで任期付き研究職にある人らの数を調査・集計したもので、無所属の「隠れポスドク」を含めると2万人を超えるともいわれる。
http://www.asahi.com/edu/university/zennyu/TKY200705220121.html