筑波山八合目の弁慶茶屋、270年の歴史に幕

2006年09月23日16時54分

 筑波山(877メートル)の登山道に残っていた最後の茶屋「弁慶茶屋」が今月3日、約270年の歴史に幕を下ろした。山の歴史や自然を教えてもらう場でもあった茶屋の廃業を登山客らが惜しんでいる。

 江戸時代から続く弁慶茶屋は8合目にあった。近くの奇岩「弁慶七戻り」が名前の由来だ。店主の渡辺秀雄さん(75)が高校卒業後間もない1951年に店を継いだ。

 古くから信仰の山として栄え、当時、登山道にはほかに4軒の茶屋があった。だが、54年にケーブルカーが営業を再開し、65年にはロープウエーが開業。登山客の足の便が良くなるに従い、茶屋は次々に廃業していった。

 渡辺さんは妻コトさん(69)と一緒に毎朝、約1時間かけて茶屋まで通った。筑波山中腹の自宅から始発のケーブルカーで山頂に上り、約20分かけて山道を下った。休日は早朝登山の客を迎えるため、登山道を登って通った。元気だったころ、土産物や飲み物など約60キロ分を背負った。

 盆も正月も茶屋で過ごした。コトさんは「お客さんと話すのが楽しくて、店をやめたいと思ったことはなかった」。だが、足腰が山道に耐えられなくなり、後継者もできず、廃業を決意した。

 趣味の写真を撮りに山に通った茨城県つくば市の会田林三さん(68)は、渡辺さんから珍しい植物の花が咲く場所をこっそりと教えてもらったことがある。「筑波山の史跡の由来など、面白い話を聞かせてもらっていたのに」と残念がる。

 渡辺さん夫婦の手元には7冊の手帳が残った。「出逢(であ)い旅登山者カード」。98年から常連客らに連絡先を記してもらい、毎年300人に年賀状を出してきた。

 「今はお客さんが、登山の帰り道に家に寄ってくれるの」とコトさん。2人は登山者カードがつなぐ常連客との交流を楽しみながら、結婚以来初めての静かな時間を過ごすつもりだ。
http://www.asahi.com/life/update/0923/005.html